江戸時代に盛んに刊行された『名所図会』は、寺社・旧跡・地名・景勝地などの由来や来歴の解説と、景色を描いた挿絵からなる案内地誌です。
『新近江名所図会』は現代版『名所図会』をめざし、定番のスポットから知る人ぞ知る隠れたスポットを、おすすめPointを交えながら紹介していきます。
江戸時代さながら、滋賀の名所に足を運んでみては!

新近江名所圖會第237回 高島の石仏スポット-高島市玉泉寺- 

 現在もお寺はもとより、集落の道端や路地裏などに自然と風景にとけ込んでいる「お地蔵さん」を見かけることがあります。少し意識をしてみると、こんなところにも!?という場所にまで、実にたくさんのお地蔵さんが安置されていることに […]Continue reading «新近江名所圖會第237回 高島の石仏スポット-高島市玉泉寺- »

新近江名所圖會第236回 昔の姿に思いを馳せる-大津市北小松港-

 「街道をゆく」で司馬遼太郎が最初に訪れたのは大津市の一番北、琵琶湖西岸の小さな港町「北小松」です。司馬の紀行文は、北小松港が古代に朝鮮半島との関わりのなかで設けられた港で、「高麗津(こまつ)」の名残りではないか、また「 […]Continue reading «新近江名所圖會第236回 昔の姿に思いを馳せる-大津市北小松港-»

新近江名所圖會第235回 収蔵室という名の科学施設 -滋賀県立安土城考古博物館の第一収蔵室-

 近江八幡市にある滋賀県立安土城考古博物館では、出土した遺物などの整理作業を見学していただく回廊展示が設けられています。ここから見学できる施設のひとつに、第一収蔵室があります。この場所では出土した木製品を一時保管し、保存 […]Continue reading «新近江名所圖會第235回 収蔵室という名の科学施設 -滋賀県立安土城考古博物館の第一収蔵室-»

新近江名所圖會第234回 「鴟尾」を焼いた須恵器の窯-大津市山ノ神遺跡

 「鴟尾」・・・訓読みでは「とびのお」と読みますが、「しび」と読みます。奈良の東大寺のような古い寺院の大屋根中央の大棟(屋根の一番高いところ)の両端に付けられた飾りです。鳥の羽のような、魚のような、ブーツのような変な形を […]Continue reading «新近江名所圖會第234回 「鴟尾」を焼いた須恵器の窯-大津市山ノ神遺跡»

新名所圖會第233回 お灸をすえる-伊吹もぐさー

 一昔前は、悪いことをしたら「お灸をすえたろか」などと言われたものですが、今やそんな言い回しすら聞かなくなったように思います。私自身がお灸をすえたり、家族がしているのをみたことはありません。しかし、母に聞くと、自分が子ど […]Continue reading «新名所圖會第233回 お灸をすえる-伊吹もぐさー»

新名所圖會第232回 将軍様の豪華ホテル-野洲市永原御殿跡

江戸時代の東海道や中山道などの宿場には、一般の旅人が泊まる旅籠とは別に本陣が置かれました。本陣は、大名や幕府の役人など限られた旅人しか宿泊できない「VIP専用の宿泊施設」です。東海道草津宿の史跡草津宿本陣は、参勤交代で大 […]Continue reading «新名所圖會第232回 将軍様の豪華ホテル-野洲市永原御殿跡»

新名所圖會第231回 日露関係史の一コマー大津事件の石碑と関係資料ー

 人や物が頻繁に往来する街道は、いろいろな歴史的事件の舞台となってきました。今回紹介する大津事件の現場も旧街道・東海道にあります。今から約120年前、日露外交を揺るがす大事件の舞台となった場所です。 明治24年(1891 […]Continue reading «新名所圖會第231回 日露関係史の一コマー大津事件の石碑と関係資料ー»

新名所圖會第230回 見えないものが、見えてくる?-中山道はじめのいっぽ- 

 近江国は交通の要衝と言われます。江戸時代に、五街道のうち二つもの街道が通っていたことは、その象徴といえるでしょう。今回はその一つ、中山道の一部分をご紹介いたします。 中山道は、江戸から京までといわれることもありますが、 […]Continue reading «新名所圖會第230回 見えないものが、見えてくる?-中山道はじめのいっぽ- »

新名所圖會第229回  小野氏ゆかりの古墳と神社 

小野氏とは 古代豪族小野氏は、近江国の南西部に位置する滋賀郡の北部、堅田付近を中心とした地域に勢力を広げていました。『新選姓氏録』等の文献によれば、旧滋賀郡には淡海臣(近江臣)・近淡海国造・和邇部臣・真野臣・小野臣など有 […]Continue reading «新名所圖會第229回  小野氏ゆかりの古墳と神社 »

新名所圖會第228回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」Ⅵ

右が隠れ岩。対岸を通る信長を撃った

【前回(226回)の続き、信長の逃避行の6回目です。忠臣・森三左衛門の捨て身の戦いもあって、なんとか本拠地・岐阜城への帰路を確保した信長。浅井長政の勢力下にある中山道を避け、鈴鹿の山中を通ることに。しかし鈴鹿の山中奥深く […]Continue reading «新名所圖會第228回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」Ⅵ»