: 大津市

調査員オススメの逸品 第216回 過去と現代 しじみが語る人間と貝の深い関係

IMGP0002

 島根県の宍道湖と共に滋賀県の琵琶湖は日本でも有数のシジミの産地です。琵琶湖のセタシジミは、その名の通り、すでに約7000~6500前の縄文時代早期末から瀬田川周辺で捕獲されています。瀬田川の畔に築かれた石山貝塚は日本最 […]Continue reading «調査員オススメの逸品 第216回 過去と現代 しじみが語る人間と貝の深い関係»

新近江名所圖會 第253回 聖武天皇のお宿 大発見⁉ 膳所(ぜぜ)城下町遺跡

大型掘建柱建物

 今年の夏の「土用の丑の日」は、7月25日(火)と8月6日(日)の2日だそうです。この日に食べるものとして知られているのが、ウナギですよね。どうしてウナギなのかは諸説あるようですが、平賀源内が旬でない夏の時期に売れるよう […]Continue reading «新近江名所圖會 第253回 聖武天皇のお宿 大発見⁉ 膳所(ぜぜ)城下町遺跡»

新近江名所圖會 第251回 遺跡めぐりの強いミカタ-遺跡説明板その1 近江国庁編

写真3

 文化財として指定されている神社や寺院、あるいは城といった建築物などを訪ねると、大概はその対象となる文化財についての説明が書かれた案内板を目にします。いずれも石造、金属・コンクリート等でできています。これは文化財保護法に […]Continue reading «新近江名所圖會 第251回 遺跡めぐりの強いミカタ-遺跡説明板その1 近江国庁編»

生津城遺跡現地説明会(2016.11.06)配布資料

   公益財団法人滋賀県文化財保護協会では、伊香立浜大津線補助道路整備工事に伴う生津城(なまづじょう)遺跡の発掘調査を平成28年7月から実施しています。 発掘調査では、礎石建物や石積みを伴う櫓台(やぐらだい)、土塁(どる […]Continue reading «生津城遺跡現地説明会(2016.11.06)配布資料»

新近江名所圖會第236回 昔の姿に思いを馳せる-大津市北小松港-

 「街道をゆく」で司馬遼太郎が最初に訪れたのは大津市の一番北、琵琶湖西岸の小さな港町「北小松」です。司馬の紀行文は、北小松港が古代に朝鮮半島との関わりのなかで設けられた港で、「高麗津(こまつ)」の名残りではないか、また「 […]Continue reading «新近江名所圖會第236回 昔の姿に思いを馳せる-大津市北小松港-»

新近江名所圖會第234回 「鴟尾」を焼いた須恵器の窯-大津市山ノ神遺跡

 「鴟尾」・・・訓読みでは「とびのお」と読みますが、「しび」と読みます。奈良の東大寺のような古い寺院の大屋根中央の大棟(屋根の一番高いところ)の両端に付けられた飾りです。鳥の羽のような、魚のような、ブーツのような変な形を […]Continue reading «新近江名所圖會第234回 「鴟尾」を焼いた須恵器の窯-大津市山ノ神遺跡»

新近江名所図會第222回 金勝山と産業遺産「オランダ堰堤(えんてい)」

写真4 堰堤から流れ落ちる水

 大津市と栗東市にまたがる金勝山の麓にオランダ堰堤があります(写真1)。このオランダ堰堤は明治時代に建設された砂防堰堤で、ハイキングコースの入り口の一つ、上桐生のバス停から草津川を少し上流側へ向かった付近にあります。   […]Continue reading «新近江名所図會第222回 金勝山と産業遺産「オランダ堰堤(えんてい)」»

新近江名所圖會第221回 「美の城」と歌われた琵琶湖文化館 ―吉井勇歌碑

写真1 吉井勇歌碑(琵琶湖文化館前池内)

●文化館前の歌碑  琵琶湖の湖上に浮かぶ滋賀県立琵琶湖文化館(大津市打出浜地先)の前池には、一つの大きな石碑があります(写真1)。打ちつける湖の荒波にもびくともしないその堅固な石碑には、時折、水鳥たちが羽を休めに訪れます […]Continue reading «新近江名所圖會第221回 「美の城」と歌われた琵琶湖文化館 ―吉井勇歌碑»

新近江名所圖絵 第217回 石場と小船入の常夜燈

写真1 石場の常夜燈

●石場の常夜燈  滋賀県立琵琶湖文化館と琵琶湖ホールの間にある湖岸公園の一角に常夜燈が立っており、行きかう人がしばしばこの燈を見上げています。常夜燈とは、文字通り一晩中つけておく明かりのことです。湖岸公園にある常夜燈は、 […]Continue reading «新近江名所圖絵 第217回 石場と小船入の常夜燈»

新近江名所圖絵 第213回 旧東海道 追分界隈の車石  

写真 閑栖寺境内に復元された車道

 江戸時代、琵琶湖水運を利用して東国や北陸方面から大津に集積された物資は、馬の背や牛が牽引する荷車(牛車)に積み替えられ、東海道で逢坂山を越えて京都や大阪に運ばれました。  当時の東海道は、現在のようなアスファルトで舗装 […]Continue reading «新近江名所圖絵 第213回 旧東海道 追分界隈の車石  »