: 笏谷石

調査員のおすすめの逸品 №279-1 浅井氏と朝倉氏との交流の証 長浜市 小谷神社石造狛犬 (前編)

写真2:小谷神社石造狛犬 一対

 ◆はじめに  近江が神仏習合美術の宝庫であることは、改めて言う迄もありません。神像彫刻の重文指定件数は、47都道府県中第一位であり、懸仏もまた、他府県を圧倒する厖大な遺品が伝存しています。そして、狛犬についても、江戸期 […]Continue reading «調査員のおすすめの逸品 №279-1 浅井氏と朝倉氏との交流の証 長浜市 小谷神社石造狛犬 (前編)»

新近江名所圖會 第263回 安土の笏谷石タイル

2 安土城跡大手道

 天正3年(1575)、長篠の合戦で武田勝頼を破った織田信長は、11月28日、家督と居城の岐阜城を嫡男信忠に譲り、自身は愛用の茶道具のみを携えて重臣佐久間信盛の屋敷へ御座を移し、翌年の1月中旬に丹羽長秀を総奉行として安土 […]Continue reading «新近江名所圖會 第263回 安土の笏谷石タイル»

新近江名所図會第216回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」の道(1)―保坂の石票

写真1 逃げる信長・追う長政

 元亀元年(1570)織田信長は義昭を将軍に据えると、全国の大名に対して上洛を促しますが、名だたる戦国大名達が素直に信長の命に従うわけがありません。そこで信長は、まず、義昭をないがしろにしたと因縁を付け、越前の守護大名朝 […]Continue reading «新近江名所図會第216回 逃げる信長・追う長政「金ヶ崎の退口」の道(1)―保坂の石票»