新近江名所圖会第208回 膳所六万石城下町の出入口

 慶長6年(1601年)に徳川家康のよって築城された膳所城については、新近江名所圖絵165号等でご紹介しました。今回は旧東海道に設けられた膳所城下町への出入口についてご紹介します(図1)。  大津市粟津町にある粟津中学校 […]Continue reading «新近江名所圖会第208回 膳所六万石城下町の出入口»

調査員オススメの逸品第166回 「糊」は「買う」のでなくて「作る」もの -文化財で使う糊-

 第148話で、古文書や文化財に貼る和紙のラベルには、墨と筆で文字を書くというお話をしました。長い年月を生きぬき、これからも伝えていかなければならない古文書に、後の保存に悪影響を与える「異物」を付けてはいけないからなので […]Continue reading «調査員オススメの逸品第166回 「糊」は「買う」のでなくて「作る」もの -文化財で使う糊-»

新近江名所圖絵第207回 大津蔵屋敷の面影を訪ねて(その2)

 前回に引き続き、江戸時代の港湾都市大津を訪ねる旅を続けましょう。  京阪浜大津駅の南側を通る道を線路に沿って東に進むと、すぐにNTT西日本滋賀支店のビルが見えてきます。この支店の敷地がかつての彦根藩大津蔵屋敷跡です(写 […]Continue reading «新近江名所圖絵第207回 大津蔵屋敷の面影を訪ねて(その2)»

調査員オススメの逸品第165回粉もんの立役者「石臼」

 「粉もん」は、私たちの日常の食生活にとって欠かせません。洋食ではパン・パスタ、和食では蕎麦・うどん・素麺が代表格ですし、話題のB級グルメでは、お好み焼き・タコヤキ・ヤキソバ・ラーメンがあります。もし粉がなくなると、これ […]Continue reading «調査員オススメの逸品第165回粉もんの立役者「石臼」»

新近江名所圖絵第206回 大津蔵屋敷の面影を訪ねて(その1)

 江戸時代、大名の格式を決める基準となったのは、所領から取れる米の量(石高)でした。石高の大小によって、城を持てるか、それとも陣屋で我慢しなければならないかなどといった大名の格式を幕府は細かく定めていました。その基準とな […]Continue reading «新近江名所圖絵第206回 大津蔵屋敷の面影を訪ねて(その1)»

調査員オススメの逸品第164回 塩津神社の石燈籠

 琵琶湖の一番北の集落、塩津は北陸から都(京都)に送る物資を琵琶湖の水運に乗せるための「港まち」として栄えていました。その繁栄ぶりは、近年の発掘調査によって次々と明らかになり、注目されているところです。  平安時代の法令 […]Continue reading «調査員オススメの逸品第164回 塩津神社の石燈籠»

新近江名所圖会 第205回 静寂にたたずむ江戸の名残-大庄屋諏訪家屋敷

 中山道を中心に、今日もますます発展を続けている守山市。現在では守山駅周辺が中心となっていますが、かつてこの地域の中心は、中山道と湖岸の赤野井港を結ぶ交通の要衝であった赤野井だったといわれています。そして現在、赤野井町の […]Continue reading «新近江名所圖会 第205回 静寂にたたずむ江戸の名残-大庄屋諏訪家屋敷»

調査員オススメの逸品第163回 埋蔵文化財センターの展示ケース―正しい「鍵穴」?

 昨年度に引き続き、今年も「レトロ•レトロの展覧会」を担当することになりました。この展覧会は、昨年度に実施した発掘調査の成果をいち早くお知らせする調査成果速報展で、これを見れば、私どもの協会が昨年に実施した調査のなかから […]Continue reading «調査員オススメの逸品第163回 埋蔵文化財センターの展示ケース―正しい「鍵穴」?»

新近江名所圖会 第204回 古代の暮らしを体験する―竪穴建物をみて・なかに入る

 自分が小学生だった頃、社会の授業で歴史を習ったときに「竪穴住居」という言葉が出てきたかどうか、まったく覚えていません。しかし少なくとも現在では、ごく普通に教科書で「竪穴住居」という言葉が紹介されており、写真も掲載されて […]Continue reading «新近江名所圖会 第204回 古代の暮らしを体験する―竪穴建物をみて・なかに入る»

調査員オススメの逸品 第162回 描かれた神威―琵琶湖文化館蔵「山法師強訴図」

 最近、このコーナーでも紹介のあった保延3年(1137)の年記をもつ日本最古の起請文、長浜市塩津港遺跡出土の52号木簡には、誓約する神の名が天部の神から日本の八百万の神まで列記されているとの説明があったと思います(第15 […]Continue reading «調査員オススメの逸品 第162回 描かれた神威―琵琶湖文化館蔵「山法師強訴図」»