江戸時代に盛んに刊行された『名所図会』は、寺社・旧跡・地名・景勝地などの由来や来歴の解説と、景色を描いた挿絵からなる案内地誌です。
『新近江名所図会』は現代版『名所図会』をめざし、定番のスポットから知る人ぞ知る隠れたスポットを、おすすめPointを交えながら紹介していきます。
江戸時代さながら、滋賀の名所に足を運んでみては!

新近江名所圖會 第380回 中世の趣き漂う建物群―甲賀町油日(あぶらひ)神社―

写真1 油日神社楼門と附属廻廊

 甲賀市甲賀町に所在する油日岳の麓に、甲賀郡の総社と言われる油日神社が鎮座しています。  創建は『近江輿地志略(おうみよちしりゃく)』巻五十三(1734年)などに聖徳太子創建という伝承があります。『油日大明神縁起』(室町 […]Continue reading «新近江名所圖會 第380回 中世の趣き漂う建物群―甲賀町油日(あぶらひ)神社―»

新近江名所圖會 第379回 お寺の境内にある小山は実は古墳だった―野洲市久野部(くのべ)1号墳―

写真2 小山の上にのる鐘楼

 今回紹介するのは、新近江名所圖会第316回で紹介した円光寺の境内にある古墳です。  円光寺は天台真盛(しんせい)宗に属する寺院で、宝永4年(1707)に成立した近江湖辺三十三所の第三十二番札所となっています。  県道2 […]Continue reading «新近江名所圖會 第379回 お寺の境内にある小山は実は古墳だった―野洲市久野部(くのべ)1号墳―»

新近江名所圖會 第378回 他に類を見ない摩崖仏の傑作―狛坂摩崖仏(こまさかまがいぶつ)―

写真1 狛坂摩崖仏

 紫香楽宮(しがらきのみや)跡の北方に広がる山地、現在の栗東市南部と湖南市にまたがる地域には、東大寺を開山した良弁(ろうべん)による開基を伝える寺院がいくつも存在します。空海が密教を体系的に伝える以前の「雑密(ぞうみつ) […]Continue reading «新近江名所圖會 第378回 他に類を見ない摩崖仏の傑作―狛坂摩崖仏(こまさかまがいぶつ)―»

新近江名所圖會 第377回 近場で多様な遺跡や文化財を満喫!―鏡山の星ヶ崎城(ほしがさきじょう)とその周辺(後編)―

写真2:星ヶ崎城の石垣

  前回(名所圖會第376回)は鏡山の登山口あたりの見どころをご紹介しました。  ここからは少々山道を登っていくこととなります。山道をマイペースに15分ほど歩くとT字状の分かれ道となり、右手に行けばすぐに星ヶ崎古墳、左手 […]Continue reading «新近江名所圖會 第377回 近場で多様な遺跡や文化財を満喫!―鏡山の星ヶ崎城(ほしがさきじょう)とその周辺(後編)―»

新近江名所圖會 第376回 近場で多様な遺跡や文化財を満喫!―鏡山の星ヶ崎城(ほしがさきじょう)とその周辺(前編)―

写真4:宝篋印塔(重要文化財)

 野洲(やす)市と竜王町の境にある鏡山(かがみやま)は、野洲郡と蒲生(がもう)郡を分ける郡境の境界線ともなっていました。また、鏡山からの丘陵が張り出す北側は旧中山道が通過しており、おおむねこの街道筋が現在の国道8号となっ […]Continue reading «新近江名所圖會 第376回 近場で多様な遺跡や文化財を満喫!―鏡山の星ヶ崎城(ほしがさきじょう)とその周辺(前編)―»

新近江名所圖會 第375回 弘文天皇の足跡をめぐる―大津市膳所(ぜぜ)茶臼山古墳(後編)―

写真7 北西を望むと比叡・比良の山並み

 前回は膳所茶臼山古墳と大友皇子についての概要をご紹介しました。今回は伝「弘文天皇陵」としての膳所茶臼山古墳について具体的にみていきます。 ◇伝「弘文天皇陵」としての膳所茶臼山古墳  それでは、実際に膳所茶臼山古墳に向か […]Continue reading «新近江名所圖會 第375回 弘文天皇の足跡をめぐる―大津市膳所(ぜぜ)茶臼山古墳(後編)―»

新近江名所圖會 第374回 弘文天皇の足跡をめぐる―大津市膳所(ぜぜ)茶臼山古墳(前編)―

写真1 膳所茶臼山古墳全景(側面から。左側が後円部、右側が前方部。)

◇近江三大古墳の一つ-膳所茶臼山古墳  前期古墳としての膳所茶臼山古墳については、すでにこの新近江名所圖絵で紹介されています(新近江名所圖会第311回)。そこでも紹介されているように、膳所茶臼山古墳は、滋賀県内で、その規 […]Continue reading «新近江名所圖會 第374回 弘文天皇の足跡をめぐる―大津市膳所(ぜぜ)茶臼山古墳(前編)―»

新近江名所圖會 第373回 遺跡めぐりの強いミカタ―遺跡説明版その3(大津市月輪3丁目)―

写真1 月輪南流遺跡の説明板

 前回、このコーナーで、遺跡説明板その1とその2を掲載してから5年弱がたちました。その1では大津市瀬田地区にある近江国府を新近江名所圖會第251回目に、その2では草津市・栗東市編として複数の遺跡の説明板について第252回 […]Continue reading «新近江名所圖會 第373回 遺跡めぐりの強いミカタ―遺跡説明版その3(大津市月輪3丁目)―»

新近江名所圖會 第372回 ”校舎”から”図書館”へ、まちの想いが姿を変えた―旧甲良東小学校―

写真3 校舎内部のようす

わたしが子供のころに通っていた小学校といえば、どの校舎も鉄筋コンクリートの壁に白色やベージュ色が塗られて、少し無骨でシンプルなたたずまいをしているものがほとんどでした。それがいまや、校舎も個性が求められる時代。たくさんの […]Continue reading «新近江名所圖會 第372回 ”校舎”から”図書館”へ、まちの想いが姿を変えた―旧甲良東小学校―»

新近江名所圖會 第371回 秀吉時代の石垣が残る城―近江八幡市八幡山城跡―

写真1 本丸南西隅の石垣(上から7段目までが矢穴技法で割られた石材)

 天正10年(1582)6月2日に起きた本能寺の変により、織田信長は自害し、築城からわずか6年で安土城は落城し、天主も消失します。  本能寺の変から3年後の天正13年(1585)、羽柴秀吉は信長の後継者である織田信雄を屈 […]Continue reading «新近江名所圖會 第371回 秀吉時代の石垣が残る城―近江八幡市八幡山城跡―»