調査員オススメの逸品 第194回 甕の内外に線刻された「井」の記号-関津城出土備前焼大甕

 琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川は、南郷の洗堰を越えたあたりで川幅が狭くなり、西に曲がって山中を流れていきます。川幅が狭くなったあたりの左岸側には関津峠があり、古来旅人は大和(奈良)から山背国(山城国)を経て、この峠を越えて近江(滋賀)に入ってきました。峠の東側の尾根の先端付近には、鎌倉時代からこの地を治めていた宇野氏が関津城を築いていました。関津城は平成21~23年にかけて発掘調査が行われ、尾根上の主郭を中心とした城郭の大部分が確認されました。
 今回ご紹介します逸品は、主郭の西側に位置する曲輪から出土した備前焼の大甕です。堅く焼き締まった備前焼は、中世社会においては他の焼き物を押しのけるほどの高価な焼き物で、それだけでも逸品になりそうなものです。この甕は高さ90㎝、口径56.8㎝の大きさで、西側の曲輪の北東寄りの埋甕遺構から出土しました。色は全体的に濃い茶色をしており、釉薬は掛けられていません。大甕は外側に縦三本、横三本の格子「♯」と「+」の記号、その反対側には「三入」という文字がヘラ描きされています。また、格子記号の真裏側にあたる内面にも斜めに三本×二本の格子状の記号が見られます。これらの記号は、一般的には「窯印」と呼ばれ、焼き物を作った工人によって土器の表面に印がつけられることがあります。ではこの記号は単なる印なのでしょうか?いえいえ、備前焼には魔よけの意味を持ったと考えられる「窯印」が多数描かれていると言われていますので、この井桁のような記号にはもう少し深い秘密が隠されていそうです。

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関津城出土備前焼大甕外面のヘラ記号


 古来、表面に様々な記号や絵などが描かれている土器は数多く存在しています。奈良・平安時代以降には主に食器に墨(墨書)やヘラ状の工具(線刻)で文字や記号などが書かれている土器があり、これらの土器の中には、書かれた意味が分かりにくいものがあります。そのうちの一つが「×」や「井」などです。「×」は悪霊の侵入を防ぐ意味を持つ「アヤツコ」とも考えられますし、傾きによっては数量を表す「十」とも読めます。また、「井」は普通に読めば井戸の「井」と考えられるので、井戸に関する場所で使われた土器の可能性が考えられがちです。しかし、「井」の印は井戸とは関係のない場所からもたくさん見つかっています。ではこれはいったい何なのでしょうか?
 ここに一つの仮説があります。「井」は陰陽道の九字の省略形だという考えです。九字とは横五本、縦四本の直線を交差させた格子状の図形を空中に描く魔よけの意味を持つ符法ですが、土器の表面に刻むのにこの画数は多すぎると思いませんか?そこで縦横の線の数を減らして書いたと考えられるわけです。格子状の記号も様々な組み合わせが見られ、文字や数字などとは認識しづらいものがあります。そうすると、上記の「×」もそのままでも何かを封じる意味がありますし、傾き次第では「十」とも読めるため九字の究極の省略形であるとも考えられます。
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関津城出土備前焼大甕内面のヘラ記号


 九字は魔よけの意味があり、禍々しいものを封じる力があるとされるため、九字の書かれた大甕は外からの悪しきものの侵入を防ぐ結界の役割を果たしていると考えられます。つまり大甕の中のものを護る意味合いが強いと言えます。大甕の中身は「三入」という文字から、酒や油が入っていたと考えられるため、外側の縦横三本の格子と「×」もしくは「十」と読める印は、酒か油の変質(腐敗など)を防ぐために描かれたものだと言えるのではないでしょうか。では、大甕の内側の格子はいったい何から何を封じているのでしょうか?(三宅 弘)

《参考文献》
滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会(2016)『関津城遺跡』 国道422号補助道路整備工事に伴う発掘調査報告書

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