調査員オススメの逸品 第169回 最果てのハート形土偶 -小川原遺跡

写真1 ハート形土偶の顔

写真1 ハート形土偶の顔


平成3年(1991年)のとある昼間、今はなき湖東集中棟(出先の整理調査用プレハブ)で甲良町小川原(こがわら)遺跡から出土した大量の縄文土器を洗浄している時、作業に従事している調査補助員さんから「気持ち悪い」という声が上がりました。何事かと思い見に行くと、一つの小さな土でできた顔がありました。小判形の顔に粘土で外国人みたいな高い鼻と目、ヘラで掘りくぼめた口、まさに人間の顔です(写真1)。
 私が就職して初めて発掘(とは言うものの、実際に出土した瞬間は見ていませんが)した縄文時代の土偶です。その後、複数の調査員で担当したものや、途中から引き継いだ調査も含めて、いろいろな県内の土偶を発掘しましたが、その最初の記念すべき1点です。この土偶の体部分も同じように洗浄中に見つかり、その後の調査で見つかった別の土偶の胴部を含めて、小川原遺跡からは合計2体3点の土偶が出土しました。いずれも立体的な土偶で体には幾何学文様が描かれています。
 私にとって記念すべき土偶が「ハート形土偶」と呼ばれるものであるとわかったのは、ずっと後になってからでした。当時は、縄文時代の遺跡と認識された例が今よりも少なかったですし、県内で出土した土偶も片手で数えられる程度でした。近畿地方全体でみても、奈良県橿原遺跡と大阪府馬場川遺跡から大量の土偶が出土している程度であって、土偶じたい少なかったのです(この状況は今もそんなにかわりませんが・・)。
 さて、近畿・中国・東海地方から出土した土偶を調べてはみたものの、類例がなくて困惑していましたが、土偶を集成した書籍の群馬県の頁を見た時、小川原遺跡そっくりの幾何学文様の体部に目が留まりました。「これだ!」と思わず心の中で叫び、土偶の正体がわかって安堵したのを覚えています。目に留まったこの土偶は国の重要文化財で、切手の図案にもなった群馬県郷原遺跡出土のハート形土偶の仲間であることがわかりました。この時、ハート形土偶の頭には、ハート形と楕円形の二種類があることをはじめて知りました。ちなみに、小川原遺跡の顔は楕円形の方になります。  
 小川原遺跡から出土したハート形土偶は、東海地方などでも出土しておらず、小川原遺跡の出土例が分布の西端になっています。まさに最果ての飛び地になっているわけです。ハート形土偶は北関東から南東北の土偶であって、東海地方より北陸地方にその痕跡をたどれることから、小川原遺跡の土偶は北陸経由で運ばれて来たか、作り方の流儀を知っている人が小川原遺跡の地について作ったいずれかであったと考えています。
 滋賀県はこの土偶に限らず、No.20で紹介した出産を表す屈折像土偶(東北に類例が多い)など、「なんで、滋賀県で出土するの?」と考古学者を悩ます資料が出土しています。これが縄文時代の「滋賀県」の特徴であり、謎の逸品を生み出す土壌の始まりなのでしょうか。みなさんはいかがお考えでしょうか。
(中村 健二)

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