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調査員オススメの逸品 第167回 測量野帳―調査を記録し、記憶する緑のノート―
私たちが日々の発掘調査現場で使っている手帳―それは「測量野帳」です。この手帳は,片手に収まるサイズ(巾約10㎝×高さ約17㎝)で,しっかりした芯のある緑色の厚紙表紙なので,机のない野外でもノートを手にもって書き込みができます。
私がおもに使っているのは3㎜方眼の「スケッチブック」です。このほかに,水準測量用の罫線が入った「レベルブック」や座標測量用の「トランシットブック」があります。発掘現場では水準測量等の測量作業をおこないますから,測量成果の記録用にレベルブックやトランシットブックも使用しています。でも,毎日の作業内容を記録したり,調査が進むにしたがって様相がどんどん変化していく遺跡の状況をメモするといった普段使いには,3㎜方眼の入ったスケッチブックが一番便利です。方眼を目安にして遺構の概略図を描いたり,遺物の出土位置の覚書を書いたりしておきます。もちろん正式な実測図を作成していますが,こうした覚書やメモを後で読み直すと,調査時の記憶がよみがえってきます。その記憶は,報告書を執筆するさいに重要な材料になるのです。
さて,この測量野帳は,製造メーカーさんのホームページによりますと,昭和27年の測量法制定にともなって測量作業用に開発され,それ以降,じつに半世紀以上にわたって製造され,使い続けられているベストセラー商品だそうです。
この測量野帳が発掘調査現場でいつから使用されだしたのか,正確にはわかりません(御記憶されている方は教えてください)。でも,私が学生だった約20数年前には確実に使っていましたし,大学の研究室や埋蔵文化財センターの収蔵庫には過去の調査で使用した測量野帳が保管されているのを見た覚えがありますから,30年以上はさかのぼるのではないでしょうか。
おそらく,はじめは本来の使い方―つまり,測量成果の記録用として発掘調査に導入されたのでしょう。そのうち,それだけにとどまらず,調査時に観察したありとあらゆることをスケッチブックに記録する道具となっていったようです。
私の記憶では,大学の1年生の夏休みに生まれてはじめて発掘現場に参加したさい,先輩から緑色の手帳を渡され,「このヤチョウに,その日にやった作業の内容や,調査中に気づいたこと,観察したことを書いておけ」と指示されたのが,測量野帳との出会いでした(「ヤチョウ」が「野帳」だと気づいたのは,しばらくたってからでした)。いわれるままに,作業中の休憩時や作業終了後に,作業内容や現場での遺構検出状況,遺物の出土状況,さらには出土した遺物の内容等をスケッチ図と文章で記録するようにしました。その当時は,面倒くさいと感じることもありました。でも,今となってようやく,あの時の先輩の指導は,やり直しのきかない発掘現場でどんな些細なことでも記録させる訓練だったとわかりました。このような記録グセを付けてもらった先輩にはひそかに感謝しています。
このように,私にとって測量野帳は発掘調査現場ではかかせないアイテムなのですが,一つ不満がありました。私は,一日の記録用に見開き2ページを使用することを基本にしています。測量野帳のページ数は80頁ですが,そこから見開きにできない最初と最後のページをのぞくと78頁となり,これで39日分が記録できます。でも,発掘調査は数か月から1年近く継続する場合もあって,1冊では到底おさまりません。分冊にして持ち歩けばいいのですけれども,別の野帳に記録した内容を確認しようとするたびに,手帳を捜す手間がかかって面倒でした。そこで,野帳数冊を合冊することを思いつきました。最初は2冊をガムテープで直接貼り合わせていましたが,さらにもう一冊を貼り合わせたところ,分厚い表紙がわざわいして,作業服の胸ポケットに収まらなくなってしまいました。そこで,不要な表紙をカットしたうえで3冊を糊付けしました(写真1・2)。さらに,カットした表紙で背表紙も作成し(写真3),表紙と似かよった緑色のガムテープで再製本してみました(写真4)。作業服のポケットに収納するには,3冊分の合冊がちょうどよいようです(写真5)。これですくなくとも3~4ヶ月にわたって連続して記録し,まとめて持ち歩くことができるようになりました。
測量野帳―小さな手帳なのですけれども,埋蔵文化財の調査を陰でささえる大事な逸品だと思っています。
(辻川哲朗)