調査員のおすすめの逸品144 旅行のお土産? 十里遺跡のペンダント

帯状銅釧の垂飾(手のひら上が出土品・手首がレプリカの装着例)

帯状銅釧の垂飾(手のひら上が出土品・手首がレプリカの装着例)

 新幹線でなら、大阪―東京間が2時間10分で行ける現代、家族旅行や出張、帰省などの旅行につきものなのが、各地のお土産ですね。東京ディズニーランドのキャラクター商品や福岡の辛子明太子、はては中国長安の兵馬俑の置物まで、私の身の回りにも沢山の土産物があふれています。
 一方、むかしのお土産事情はどうだったでしょうか。記録がほとんど残っていない原始・古代に人々が遠くへ旅したことや、そこからモノを持ち帰ったことを明らかにするのは、簡単ではありません。しかし、時として、旅の「お土産」としか思えないような遺物が出土することがあります。今回紹介する逸品は栗東市十里遺跡の発掘調査で出土した旅の「お土産」です。
 その逸品は、滋賀県よりもずっと東の遠隔地から運ばれてきた青銅製のペンダント(垂飾:すいしょく)です。平成17年度に実施しました発掘調査では、弥生時代後期~古墳時代前期頃の建物・井戸・河川などが見つかりました。このペンダントは弥生時代末~古墳時代前期頃の河川から出土しており、長さ4.6cm以上・幅1cm・厚さ1㎜の湾曲した板状品、上端に小穴が一つあけられていました。形からみて、帯状銅釧(おびじょうどうくしろ)というブレスレットの破片を加工して作られていました。
帯状銅釧の垂飾が出土した河川跡(十里遺跡)

帯状銅釧の垂飾が出土した河川跡(十里遺跡)

 帯状銅釧は、平べったい円環状の腕輪で、出土例がほぼ関東地方と長野県・静岡県東部に限られる「レア」な遺物です。輪の直径は大人の腕には着脱できないほど小さいので、これを腕にはめていた人物は、子供の頃に複数個の腕輪を装着した後、それらを外すことなく一生を過ごしたと考えられます。シャーマンや巫女のような存在だったのでしょう。また、出土状況は不思議な傾向を示します。つまり、完全な形の事例が墓から被葬者に装着された状態で見つかるのに対して、破片やそれを再利用して作った指輪・垂飾などの装身具の場合、ほとんど墓からは出土しないのです。おそらく当時の人々にとって、帯状銅釧を再加工して作ったアイテムは、墓に入れることが許されないマジカルな品だったのでしょう。
 こうした不思議な遺物である帯状銅釧は、破片なども含めると、約100遺跡から350点ほどの出土が知られています。ところが、静岡県以西の地域では、十里遺跡と愛知県朝日遺跡の2点出土しか知られていません。ですから、十里遺跡のペンダントは、愛知県・岐阜県などの伊勢湾周辺地域のムラとの物々交換や商取引によってもたらされたものとは考えにくく、伊勢湾地域を飛び越えるように、おもな分布域(関東・長野県・静岡県東部)から直接滋賀県へ運ばれたとみられます。おそらく、東方の遠隔地の人々がこの地を訪れた際に誰かにプレゼントしたか、十里遺跡の住民が彼の地へ旅して手に入れたものだったのでしょう。つまり、「お土産」としてこの地に運ばれた可能性がきわめて高いのです。
破鏡のペンダント

破鏡のペンダント

 余談になりますが以前、「調査員のおすすめの逸品 No.121 消しゴムハンコと鏡」で紹介しましたように、十里遺跡では、中国から海を越えて日本へもたらされた前漢鏡の破片をペンダントにしたもの(破鏡)も見つかっています。破鏡については、どういった経緯で運ばれたのか、わかりませんが、帯状銅釧の垂飾と破鏡という2つのペンダントは、直線距離にして東西1500㎞以上も離れた地から運ばれたものなのです。もしかすると、大昔の人達は我々が想像する以上に旅行好きだったのかもしれませんね。
(北原 治)

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