
粟津第3貝塚(琵琶湖の中を仕切って調査しました)
平成2年秋から3年夏にかけて、大津市の粟津湖底遺跡で発掘調査をしていました。粟津湖底遺跡は、大津市瀬田の琵琶湖漕艇場沖合の琵琶湖底にある、縄文時代の貝塚を中心とした遺跡です。ちょうど琵琶湖が瀬田川へと流れ出る場所にあり、湖底の地形でみると、琵琶湖の西岸が深くなっており、中央から東岸にかけては水深2~3mほどと浅くなっています。縄文時代、琵琶湖の水位は現在よりもずいぶん低かったようで、当時は水深の浅い部分が陸地で、深い部分が瀬田川であったと考えられています。貝塚は川縁の平地に形成されていたようで、3箇所に貝塚があったことが分布調査や試掘調査の結果でわかっています。発掘調査をおこなったのは、このうち最も小さな、第3貝塚と呼ばれている貝塚です。

粟津第3貝塚の全景(白い部分は貝殻)
さて、そんなゴミ捨て場である貝塚から、これはゴミなのか?という遺物が出土しました。ある日、貝殻をせっせと掘っていると、目を疑うようなものが目の前に。なんと「うんこ」。これがうわさに聞く「糞石か!」と、びっくりしました。糞石とは、文字どおり「うんこ」が化石化したものです。大学生時代に聞いたことがあり、その存在は知っていましたが、それがまさか自分の目の前に出てくるとは思ってもいませんでした。
まず、移植ゴテでつついてみました。堅い。次にニオイをかいでみました。臭くない。この2点を確認して、やっと手に取ってみました。「これはコロかな?ハジメかな?」「コロ」や「ハジメ」というのは分類状の名称で、若くして亡くなられた糞石研究者の千浦美智子さんが、福井県の鳥浜貝塚から出土した大量の糞石の分析をされた時につけたもので、「ハジメ」は排泄し始めの部分。「シボリ」は排泄の終わりの部分。このほかに「バナナ」・「コロ」・「スナオ」・「チビ」などの愛称で分類されているのです。

出土した糞石
糞石の詳しい内容について、この糞石の落とし主がヒトなのかそれとも動物なのか、結論は出ていません。これからもナゾのままかもしれません。しかし、この遺物に出会った時のおどろきは、約25年たった今でも私の中では強烈な記憶として残っているのです。
(岩橋隆浩)