調査員のおすすめの逸品 №341《滋賀をてらした珠玉の逸品⑱》用途不明の亀形銅製品ー大津市関津城出土ー

 関津城(せきのつじょう)は大津市南部の田上山(たなかみやま)から派生する丘陵先端部に築かれた、戦国時代の城跡として知られています。瀬田川の東岸に位置することから、近江の南の玄関口ともいえる水陸交通の要衝に立地しています。

写真1 関津城遠景

写真1 関津城遠景

 関津城主は、近江守護六角氏の重臣であった青地氏や山岡氏に付き従っていた在地土豪の宇野氏が代々世襲していたと考えられています。関津城は平成21~23年度にかけて国道の建設工事に伴って発掘調査が実施され、当時の具体的な状況が明らかになってきました。城郭構造は3つの土塁囲みの曲輪(くるわ)から構成され、曲輪内部からは陶磁器・土師器皿などの土器類や金属製品といった多様な出土品とともに、複数の建物跡や井戸などが検出されています。(写真1)
 前置きが長くなりましたが、様々な出土品の中から今回は「亀形銅製品」をご紹介しましょう。(写真2)
 亀形銅製品は城内で最高所にある主郭の真下に位置する曲輪から出土しました。この曲輪は礎石建物が規則的に並び、建物構造や各地点での出土品の内容から、酒などを入れた大型の甕がまとまって出土した貯蔵施設、井戸の周辺で擂鉢や皿類が多く出土する炊事関連施設、飾金具などの金属製品や陶磁器類が多く出土する威信財(いしんざい)を収納した倉庫というように、性格の異なる複数の建物が軒を連ねていたと推測されます。「亀形銅製品」は威信財を収納していたとみられる建物の付近から出土しました。(写真3)
写真2 亀形銅製品

写真2 亀形銅製品


 その造形は、体部から四方に立体的な足がのび、表面には鱗の文様を刻み、足の先端には指爪が精巧に表現されています。平坦面に置くと腹部を浮かし、前後の右足が左足よりも前に出ることから、歩行している陸亀の姿が表現されていると考えられます。
 しかしながら、「亀形」とは言うものの、おそらく別づくりであった甲羅部分や顔などが出土しておらず、手足と腹部しかないので、実は本来の姿全容や用途は全くもってわかっていません。私自身、関津城の発掘調査報告書をまとめるにあたり、かなり類例を調べたのですが、「これだ!」という資料には現在もめぐり合えていません。用途についても香炉や燭台、文鎮や水滴の台座…などなど、様々な説あるのですが、残念ながらいまだに明確な用途がわからない謎多き銅製品なのです。
 「亀形銅製品」そのものの詳細については多くの謎を残しますが、その所有者は誰もが名前を聞いたことがあるような戦国大名ではなく、六角氏傘下の関津地域の有力者であった宇野氏というところが個人的には興味深い点であると考えています。言い換えるならば、発掘されるまで知られることがなかった、近江各地で独自に勢力を保っていた在地土豪の文化的ステータスの高さを裏付ける資料と考えられます。また、亀形銅製品を作り上げた当時の金工職人の技術の高さを示す資料であることが高く評価できる逸品といえましょう。
 関津城の亀形銅製品を見ると、これからも地中に埋蔵されている、まだ見ぬ貴重な逸品が発見されることに期待が膨らむのです。
写真3 亀形銅製品出土状況

写真3 亀形銅製品出土状況

(小林裕季)

*1土塁:敵や動物などの侵入を防ぐための盛土(もりど)による堤防状の防壁
*2曲輪:土塁や防壁等で囲まれた区画。
*3威信財:権力を象徴する財物

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