調査員のおすすめの逸品 №340《滋賀をてらした珠玉の逸品⑰》ミニチュア炊飯具ー渡来系集団を示すアイテム(大津市嶽古墳)ー

嶽古墳の調査

写真1 嶽古墳・横穴式石室

写真1 嶽(だけ)古墳・横穴式石室


 1981年10月、大津市坂本で、ある古墳の調査が始まりました。もう40余年も前の話です。この古墳―嶽古墳(だけこふん)といいますが―は,1969年に付近一帯の住宅開発が計画されたさいに、関係者間の協議により古墳の保存が図られたはずでした。しかし、その後に別の開発が計画された結果、どうしても現地での保存が困難となったため、あらためて発掘調査により記録保存されるにいたったのです。
 嶽古墳は、古刹・西教寺(さいきょうじ)の北側にある丘陵頂部に位置します。古墳のあたりから東側を望むと、眼下には琵琶湖が、その向こうには湖南・湖東の沃野がひろがる抜群の眺望です。
 古墳の墳丘はかなり破壊が進んでいたので規模や形態を確定できませんでした。しかし、高まりの中央付近を発掘したところ、横穴式石室が見つかりました(写真1)。
横穴式石室は天井・上半部が失われていました。しかし、下半部の石材が残っていたので、ほぼ平面形態全体を確認できたのは幸いでした。
写真2 (カマドとナベ)

写真2 (カマドとナベ)


 また、石室の上半部以上が破壊されていたにもかかわらず、石室内には多くの遺物が残されていました。その大半は須恵器・土師器等の土器類でしたが、それ以外に棺に用いられた鉄釘も出土しました。
 須恵器は、お供え用のお椀(杯・高杯)・壺,壺を乗せる台(器台)で、その特徴から6世紀後半頃に作られたことが分かりました。また、土師器はカマド・ナベといった煮炊きに用いる土器(煮炊具:しゃすいぐ、または炊飯具)で(写真2~4)、いずれも実用品よりも小さく作られていました(ミニチュア土器)。

 嶽古墳の特徴―石室形態とミニチュア炊飯具
 横穴式石室は死者を葬るための部屋(玄室:げんしつ)とそれに続く通路(羨道:せんどう)から構成されます。嶽古墳の石室で特徴的だった点は,玄室の平面形態がほぼ正方形であったこと,加えてミニチュア炊飯具が出土したことでした。

水野先生の研究―渡来系集団の居住を想定
 滋賀県最初の文化財技師であった故水野正好先生が滋賀郡北部(現在の大津市中部)に展開する大規模な後期群集墳(志賀古墳群)について検討した結果、次のような研究がなされていました。

写真3 (ナベ)

写真3 (ナベ単体)


 その概要は第一に、これらの石室の平面形態が「畿内」地域通有の平面長方形・平天井ではなく、平面方形でドーム状天井であること、第二に石室内から渡来系文物であるミニチュア炊飯具(カマド・カマ・ナベ・コシキ)がしばしば出土すること、第三に文献史料から古墳群が所在する地域に渡来系氏族の居住が判明すること、以上三点から、志賀古墳群が古墳時代後期における渡来系集団の墓域であり、その周辺に渡来系集団が居住していた、と結論付けたのです。その後の調査で、志賀古墳群近辺の集落遺跡において大壁建物(注2)・オンドル状遺構(注3)等の韓半島に系譜をもつ住居関連遺構が見つかり、先生の考えは集落面からも裏づけられています。
 以上を踏まえ、あらためて嶽古墳を見ますと、石室平面形態とミニチュ炊飯具の出土という点からは、渡来系集団の構成員をこの古墳の被葬者として想定できることになります。ミニチュア炊飯具という小さな土器ではありますが、はるか海路のかなたに出自(意識)をもつ人々が琵琶湖のほとりで生活をし、生を全うしたことを物語る逸品といえるでしょう。
(辻川哲朗)
写真4 (カマド単体)

写真4 (カマド単体)

(注1)畿内(きない):古代、大君(おおきみ)や天皇が住む都の周辺地域を指す呼称。現在の奈良県、京都府の南部、大阪府の大部分、兵庫県の南東部の地域を指す。
(注2)大壁(おおかべ)建物:方形に掘った溝の中に、互いに接するように立て並べた細い柱を土で塗り込めて壁にした建物。
(注3)オンドル:台所のかまどで煮炊きしたときに発生する煙を居住空間の床下に通す、床暖房設備。

<文献>(著者名五十音順,刊行年順)
辻川哲朗(2017)「近江地域のカマド形土器―渡来系集団の動向把握にむけて―」『紀要』30,公益財団法人滋賀県文化財保護協会
丸山竜平(1982)『大津市坂本本町嶽古墳調査概要』(滋賀県文化財調査概要第10集)滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会
水野正好(1969)「滋賀郡所在の漢人系帰化氏族とその墓制」『滋賀県文化財調査報告第四冊』滋賀県教育委員会
水野正好(1992)「後期群集墳と渡来系氏族」『古代を考える 近江』吉川弘文館

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