調査員のおすすめの逸品 №331《滋賀をてらした珠玉の逸品⑧》地震跡を切り取るー針江浜遺跡の地震跡剥ぎ取り断面ー

写真1 針江浜遺跡・調査区遠景

写真1 針江浜遺跡・調査区遠景

 
 入社して間もない頃、遺物収蔵庫の一画で、切り取られた“土の壁”に出逢いました。しばらくしてこの“土の壁”が、土壌に薬剤を塗布して土ごと薄く剥いだ、いわゆる“剥ぎ取り”と呼ばれるものであることがわかりました。遺跡の発掘調査では通常、図面や写真によって調査結果を記録するのですが、この“剥ぎ取り”は遺跡の一部をそのままの形状で土ごと切り取るので、さらに詳細な情報を持ち帰ることができます。収蔵庫にはいろいろな種類の剥ぎ取りが保存されていて、この中に地震跡の“剥ぎ取り”がありました。(写真4)
 遺跡の発掘調査でわかる地震跡には、液状化現象に伴う噴砂、地割れ、断層、浮き上がりなどがあります。液状化現象は、地震の振動によって水分を含んでくっついていた砂の粒がバラバラに離れて土壌が液状になるもので、この砂が水分と一緒に吹き上がる現象を噴砂と呼んでいます。液状化現象は地下水位が高い場所、埋め立て地など地盤の不安定なところで起きやすいといわれています。
写真2 針江浜遺跡・噴砂跡平面の様子

写真2 針江浜遺跡・地表面に広がる複数の噴砂(わかりやすくするため吹きあがった砂を白く着色して撮影。)

 浮き上がりは、液状化現象によって上層の軟弱地盤と共に構造物が浮き上がる現象で、ニュースでマンホールの蓋が持ち上がっている画像を目にした方も多いと思います。こうした地震跡は古文書に記されたものと合致するものや、文字記録に残っていないものもあり、県内では縄文時代~江戸時代まで20以上の遺跡でみつかっています。
 文字記録と合致するもののひとつに、長浜市長浜町遺跡の天正地震跡があります。生活面が波打ち、一面焼土に覆われ、陥没箇所もみつかりました。これは宣教師ルイス・フロイスの『日本史』に記された、天正13年11月29日(新暦では1586年1月18日)に起こった大地震による長浜城下町の壊滅を示すものです。震源は岐阜県北西部、マグニチュード7.9クラスの非常に大規模な地震と考えられています。
 前段の遺物収蔵庫にあった地震跡の剥ぎ取りは、高島市新旭(しんあさひ)町に所在する針江浜(はりえはま)遺跡のものでした。針江浜遺跡は、湖岸から湖底にかけて広がる遺跡として知られています(写真1)。1987~1989年に琵琶湖総合開発事業に伴う発掘調査が行われ、湖岸から約200mの沖合、湖面から約2m下に、弥生時代中期前半の複数の噴砂と(写真2・3)、地震で同じ方向に倒れた直径50~80㎝のヤナギの木が10本以上みつかりました(写真5)。この地震跡は饗庭野(あいばの)断層、花折(はなおれ)断層といった周辺の活断層の南部が震源で、マグニチュード7.5前後とされています。剥ぎ取り断面にはこの大規模地震による噴砂が確認できます。
 
写真3 針江浜遺跡噴砂の断面

写真3 針江浜遺跡噴砂の断面

 
写真4 針江浜遺跡・写真3の噴砂断面の剥ぎ取り(転写するので左右逆になる。)

写真4 針江浜遺跡・写真3の噴砂断面の剥ぎ取り(転写するので左右逆になる。)


 過去の地震の研究は、かつて古文書と地質学的調査による限定的なものでしたが、従来の手法に考古学的調査を加えて分析を行う「地震考古学」が1988年に提唱されました。針江浜遺跡の10㎞ほど北西に位置する北仰西海道(きとげにしかいどう)遺跡(高島市今津町)で、1986年にみつかった噴砂がきっかけで全国的に地震の痕跡が検出されるようになったことから、北仰西海道遺跡は“地震考古学発祥の遺跡”と呼ばれています。発掘調査でみつかる地震跡からは、どんな場所でどういう現象がどれくらいの間隔で起きているのかなど、過去の地震の種類、規模、被害状況などを知ることができます。近年、こうした遺跡の発掘調査で得られた多くの知見が、地震予知や防災の視点からも再評価されています。
 最近県内で大きな地震はみられませんが、過去には針江浜遺跡でみられるような複数の大規模地震が確認されています。針江浜遺跡の剥ぎ取り断面は詳細な情報の宝庫であるとともに、こうした地震の状況をリアルに我々に教えてくれる貴重な逸品です。 
 (中川治美)
写真5 針江浜遺跡・地震で倒れた樹木

写真5 針江浜遺跡・地震で倒れた樹木


<出典>
*写真1:滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会『琵琶湖開発事業関連埋蔵文化財発掘調査報告書11 琵琶湖西北部の湖底・湖岸遺跡』2014 巻頭カラー図版5
*写真2~4:滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会『琵琶湖開発事業関連埋蔵文化財発掘調査報告書15-3 琵琶湖の湖底遺跡』2014 p33

◇◇針江浜遺跡の噴砂断面の剥ぎ取りは、2022(R.4)年夏から秋の当協会の展示『滋賀をてらした珠玉の逸品-スコップと歩んだ発掘50年史-』で滋賀県埋蔵文化財センター1Fロビーにて展示されます。会期:7月23日(土)~11月18日(金)(土日祝休館・7/23~9/4の期間は無休)。ぜひ見に来てください。

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