調査員のおすすめの逸品 №330《滋賀をてらした珠玉の逸品⑦》祈りを込めるための小さな鏡ー東光寺遺跡出土の海獣葡萄鏡ー

 「鏡」といえば何を思い浮かべるでしょうか?日頃使用している姿を映すための手鏡・姿見をはじめ、弥生時代から古墳時代に副葬された「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」などの銅鏡、三種の神器のひとつである「八咫鏡(やたのかがみ)」、童話『白雪姫』に登場する「魔法の鏡」、閻魔大王が亡者を裁くときに用いるという「浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)」など例を挙げれば枚挙に暇がありません。鏡には、「姿を映す」だけでなく「真実をも映す」役割と、光を反射させることから邪気を払うものとして神聖視される側面を持っていました。

図1 東光寺遺跡海獣葡萄鏡

図1 東光寺遺跡海獣葡萄鏡


 しかし、なかには「姿を映す・光を反射させる」という鏡の本来あるべき姿をしていないものがあります。今回ご紹介する東光寺(とうこうじ)遺跡出土の海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどう)もその一つです。

 東光寺遺跡は大津市大萱二・三丁目に所在する飛鳥時代から平安時代にかけての寺院跡です。近くには近江国府跡や勢多駅跡(せたのうまやあと)といわれる堂ノ上(どうのうえ)遺跡、前期近江国分寺に比定される瀬田廃寺跡などがあります。昭和58年に宅地開発に伴う発掘調査が行われ、上層には11世紀後半頃の掘立柱建物跡・溝跡など、下層には7世紀後半から8世紀後半にかけての掘立柱建物跡・井戸跡・溝跡などが見つかっています。
 調査の結果、7世紀後半から8世紀後半頃まで古代寺院もしくは、瀬田丘陵で生産された土器の流通拠点といった、一般集落とはかけ離れた性格の遺跡であることが明らかになりました。下層で検出された7世紀後半頃の自然流路跡から直径6.3cm、厚さ0.1~0.7cmと小ぶりな海獣葡萄鏡が出土しました(図1)。

図2 海獣葡萄鏡の文様模式図

図2 海獣葡萄鏡の文様模式図

写真1 海獣葡萄鏡の鏡背

写真1 海獣葡萄鏡の鏡背

 海獣葡萄鏡は中国唐代(618年~907年)に作られた銅鏡の一種で、大きさによって直径25cm以上の大型鏡、直径10~25cmの中型鏡、直径10cm未満の小型鏡に分類されます。日本では飛鳥時代から奈良時代にかけて用いられ、大型鏡は社寺の御神体などの伝世品、中型鏡は高松塚古墳などの副葬品、小型鏡は溝跡や川跡での出土が多いことから祭祀に用いられたと考えられています。

 さて、東光寺遺跡の海獣葡萄鏡ですが、鏡背(きょうはい=文様がある面)は、中央に伏した獣を模した鈕(ちゅう)というツマミ、4体の海獣(空想上の瑞獣・神獣)、簡略化されたブドウをモチーフとした葡萄唐草文(ぶどうからくさもん)で構成される内区(ないく)と、小鳥や海獣と葡萄唐草文で構成される外区(がいく)で構成されています。文様は読み取れますが、精緻ではなく不鮮明な文様となっています(図2・写真1)。
鏡面(きょうめん)は鋳込みをしたままの状態で磨かれていません(写真2)。そのことから、「光を反射させる鏡」ではないといえます。
 では、どういった使い方をしていたのでしょうか。小型海獣葡萄鏡は全国で約40面、滋賀県では東光寺遺跡以外に、大津市の太鼓塚古墳群、栗東市の高野(たかの)遺跡で出土しています。先述していますが、溝跡や川跡からの出土が多い鏡で、同じ遺構から斎串(いぐし)やミニチュア土器・土馬など祭祀で用いられたと考えられる遺物が出土していることから、祭祀に用いられた鏡と考えられています。すなわち、小型海獣葡萄鏡は、祭祀のために造られた鏡であって、実用品ではなかったと言えそうです。

写真2 鏡面

写真2 鏡面


 東光寺遺跡出土鏡も自然流路跡からの出土ですので、同様の性格をもつと考えられます。ただ東光寺遺跡では、同じ自然流路跡からフイゴ羽口や鉄滓(てっさい)などの鍛冶関連遺物や製塩土器、墨書のある須恵器などが出土しており、祭祀にかかわるような遺物は出土していないため実態についてはわかりません。しかし、当時の人々がどのような祈りを込めて、どのような祭祀を行っていたのか想像して、いにしえに想いを馳せてみてはいかがでしょうか。
(福井知樹)
<出典>
写真1・2 筆者撮影(滋賀県立安土城考古博物館所蔵「東光寺遺跡出土 海獣葡萄鏡」)
図1・2 断面図…滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会2002『緊急地域雇用特別交付金事業に伴う出土文化財管理業務報告書』「2-3.東光寺遺跡」掲載図をトレース
その他…筆者作成

<参考文献>
杉山洋2003『唐式鏡の研究 飛鳥・奈良時代金属器生産の諸問題』鶴山堂

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