調査員のおすすめの逸品 №318 琵琶湖を挟んだ二つの地域をつなぐ貴重な遺物―上御殿遺跡出土の石釧―

 上御殿(かみごてん)遺跡は、琵琶湖の西岸北部に位置する高島市鴨から安曇川(あどがわ)町三尾里(みおざと)にかけて広がる遺跡です。高島平野の南部を流れる鴨川の左岸にあたり、JR湖西線の安曇川駅からは南西の方向に約800mの距離の所にあります。

上御殿遺跡出土の石釧

上御殿遺跡出土の石釧


 この遺跡では、平成19年度から平成26年度にかけて河川改修工事にともなって発掘調査が実施されました。この調査では、古墳時代から平安時代にかけての集落や国内でも初めての発見となった双環柄頭短剣鋳型(そうかんつかがしらたんけんいがた)が見つかったほか、古墳時代から平安時代にかけて行われた祭祀の様相が明らかになるなど数多くの調査成果が得られています。そのなかで今回紹介するのは、古墳時代に流れていた川の跡から出土した石釧(いしくしろ)という遺物です。
 この遺物は鍬形石(くわがたいし)や車輪石(しゃりんせき)と呼ばれる遺物とともに、主に古墳時代前期(4世紀)に使用された腕輪形石製品と呼ばれる遺物です。弥生時代に貝で作られた腕輪をモデルとしたもので、北陸地域で産出する淡い緑色をした緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)などの石材を使用して作られました。東北南部地域から九州北部地域にかけて分布し、主にその地域の有力な人物のお墓に副葬品として納められています。また、祭祀に使用されたと考えられる事例として、朝鮮半島への航海の安全などを祈った福岡県沖ノ島遺跡をはじめ、各地の集落遺跡での出土事例が存在しています。
 上御殿遺跡から出土した石釧は、直径8 ㎝(外側:内側は直径6.6 ㎝)・高さ2.4 ㎝を測ります。出土したものは破片で、輪状をした本来の大きさに対して約 1/4 程度の大きさになっています。外側に作られた3つの面には、それぞれに細い溝を彫り込んで装飾が施されており、これらの特徴から古墳時代前期でも後葉(4世紀後半)ごろのものと考えられます。この石釧が出土した河道の近くでは有力者の存在を示す大型の竪穴住居が見つかっており、集落の有力者によって執り行われた何らかの祭祀に石釧が使用された可能性が考えられます。
石釧の復元想定図

石釧の復元想定図


 県内における石釧の出土事例は、古墳では5 基11 例、集落では8遺跡15例が知られています。これらの分布に注目すると、草津市・栗東市・守山市・野洲市といった湖南地域の琵琶湖側に集中して出土しています。上御殿遺跡の出土事例は、湖西地域では初めて確認されたものです。
 分布の集中する湖南地域は、腕輪形石製品の流通を管理していた首長の存在が、これまでの研究により想定されています。上御殿遺跡では、先に記した大型の竪穴住居にも、この地域に分布する竪穴住居と同じ特徴がみられることから、この地域の首長とのかかわりによって入手した可能性が考えられます。上御殿遺跡から出土した石釧は、琵琶湖を挟んだふたつの地域をつなぐ貴重な遺物といえます。

(中村智孝)

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