調査員のおすすめの逸品 №308 縄文土器と調査員の鑑識眼

 発掘調査に従事する調査員は、しばしば、警察の鑑識に例えられることがあります。テレビの警察のドラマで、事件現場の草叢をしゃがみながら鑑識の人が証拠品を探し、残された小さな証拠品を発見し、見つけてビニールの袋などに入れている様子をよく見かけます。一方、発掘調査では、遺構や遺物の出る層を手ガリや手スコ(調査員のおすすめの逸品第230231回参照)で、しゃがみながら、削ったり、掘ったりしている姿はテレビドラマの鑑識とよく似ています。こうした現地で見つかった遺物を室内に持ち帰り、小さな破片をつなぎ合わせ、遺物を元の形へと復元して行きます。復元された遺物から時代・用途などを明らかにしていきます。こうした過程も警察の鑑識と似たものだと言えます。こうした考古学者や調査員の鑑識眼を研究の対象とした専門書も出版されています(註1)。

写真1 関津遺跡出土土器

写真1 関津遺跡出土土器

写真2 柴原南遺跡出土土器

写真2 柴原南遺跡出土土器

 今回の逸品は、私の拙い鑑識眼が見出した土器を紹介いたします。大学生の頃、兵庫や京都の縄文時代終末の土器の遺物整理に参加し、兵庫の土器と京都の土器に違いがあることを感じ、神戸に勤め、周辺の土器を見た後、滋賀に就職し、滋賀県の同じ時代の土器を観察すると何か違和感がありました。それは何か。土器の作り方(土器作りの癖)の違いがあるのです。(写真1)に示した通り、近畿地方の縄文時代終末の土器は、口縁部と体部あたりに凸帯と呼ばれる粘土を貼り付けた文様があります。私が兵庫や大阪、京都で見た土器は、体部の凸帯の上下では、調整(土器の厚さを整え、土器の表面の凸凹を無くし均質にする工程など)が別々に行われています。これは、「ここに体部の凸帯を後で貼り付けますよ」という意識が土器の作り手にあり、その規則が兵庫から京都にかけて共有されていることを意味します。こうした土器は、滋賀県でも出土しますが、滋賀県内の土器を観察すると、体部の凸帯の上下関係なしに底から口縁部まで一気に縦方向の調整を行う(写真1)土器とは違った土器が目立つのです(写真2)。
 明らかに滋賀県地域の固有の土器の作り方であると認識できたのです。こうした認識から、学生時代に調査に参加した遺跡の土器を見直すと京都の土器にも同じようなものが見られることが判りました。その結果―「近畿の東と西で、土器の作り方の違いがあること」―を今から31年前、当協会発行の『滋賀文化財だより』NO.144(現在廃刊)にまとめました(註2)。その当時は、滋賀・京都のみの出土しか確認できませんでしたが、近年の調査では、三重県や奈良県でもこうした土器が見つかっており、31年前に見出した東西の差は、今も大きくは変わらないことを改めて確認し、(写真2)のような土器のすべてが、調査員の逸品です。
(中村 健二)

註1 時津裕子2007『鑑識眼の科学―認知心理学的アプローチによる考古学者の技能研究』 青木書店
註2 中村健二1990「171.近江・山城の凸帯文後半期の土器について」『滋賀文化財だより』NO.144 財団法人滋賀県文化財保護協会
 (※当協会HPの「刊行物案内」-「滋賀文化財だより・滋賀文化財教室等」からダウンロードできます。)
写真1 県・協会2007『ほ場34-2 関津遺跡Ⅰ』カラー図版2より
写真2 県・協会2002『ほ場29-1 柴原南遺跡・大森陣屋遺跡』巻首図版1下より

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