調査員のおすすめの逸品 №279-1 浅井氏と朝倉氏との交流の証 長浜市 小谷神社石造狛犬 (前編)

 ◆はじめに

写真1:小谷神社現況

写真1:小谷神社現況

 近江が神仏習合美術の宝庫であることは、改めて言う迄もありません。神像彫刻の重文指定件数は、47都道府県中第一位であり、懸仏もまた、他府県を圧倒する厖大な遺品が伝存しています。そして、狛犬についても、江戸期以前の作例に限れば、やはり全国的にもトップレベルといってよいでしょう。狛犬と言っても、一般の方がイメージするような参道の両側に据えられたいわゆる参道狛犬のことではありません。参道狛犬は日本全国どこにでもあり、その数も厖大に分布する上に、人目につきやすいので、狛犬と言えば専らこのタイプが想い起こされますが、実は江戸期以前の古遺品は殆ど存在しません。神社のイメージとして、我々が直ちに想起するのは、入口に立つ鳥居と参道の石造狛犬でしょうが、これらは実は、近代以降に一般化した比較的新しい景観なのです。現存する95%以上は江戸期以降の作であり、しかもその大半が近代以降のものによって占められているのです。江戸期以前の狛犬は、本殿に置かれる木造品がメインであり、平安時代から今日まで連綿と造立され、とりわけ中世の遺品は西日本を中心に数多く遺存しています。近江における江戸期以前の狛犬もまた、木造の神殿狛犬がその中核をなしていることになります。
 ところで、この木造の神殿狛犬と、石造の参道狛犬との中間的な狛犬が存在します。それは、石造品ながらも本殿内に安置されている作例です。そして、この種の石造神殿狛犬の中でも多数派を占めるのが、笏谷石製狛犬なのです。笏谷石(しゃくだにいし)とは、福井市足羽山山麓の通称笏谷地区で採掘される良質の凝灰岩のことで、やや青味がかって美しく、緻密・軟質で加工に適しているため、古くから石造物の素材として用いられてきました。特に16世紀になると、一大石材産業として発展し、石仏・石塔から狛犬、さらに日用雑器に至るまで、多様な製品に加工され、日本海海運などによって各地に流通しました。その分布範囲は、地元越前を中心に沿岸部は北陸から山陰・東北、さらに北海道にまで至り、内陸から太平洋側にかけても中京および近畿一円に及んでいます。近江もまた、各種遺品が県下一円に点在しており、特に狛犬は、紀年銘遺品6件を含む20数件の作品が確認されます。
 その中でも特筆すべき作品が、滋賀県内における現存最古の石造狛犬に当たる小谷神社像です。ここでは、県内の笏谷石製狛犬の代表格として、あらためて本像を取り上げ、その価値を知って頂く一助としましょう。

 ◆本像の発見と像の概要

写真2:小谷神社石造狛犬 一対

写真2:小谷神社石造狛犬 一対

 本像の存在を筆者が知ったのは、平成14年の夏頃だったと思います。この時小谷を訪れたのは、何か目的があったというわけではなく、その年担当していた県立琵琶湖文化館の秋季特別展『動物の造形』の写真撮影等で、湖北を訪れた際の時間調整だったように記憶しています。日取りの記憶は曖昧ですが、狛犬との対面については、今もありありと思い出すことができます。参道脇に大破した石の狛犬が目に入ったため駆け寄ると、その当時県内では数例しか遺品の知られていなかった笏谷石製の狛犬だったのです。
 誰からも注目されず、文献にも一切取り上げられることもなく、土にまみれてころがっていた狛犬さん。狛犬研究家でもある落語家の三遊亭円丈師匠は、災害などで破損した古い狛犬が、新しく作り直された狛犬にその場所を譲り、参道脇から境内の片隅に移されて現役としての役目を終えた狛犬のことを、親しみをこめて「先代」と呼んでいます。本像は大破した姿から見れば先代そのものですが、なお参道の両側に置かれている稀有な現役さんだったのです。それにしても、吽形は四肢以下を欠失し、阿形も両前肢を失うなど、破損著しい痛々しいものでした。しかしよく観察すると、県下に伝来する他の笏谷狛犬よりも各部に古様な特徴が看取されました。その当時、県内の笏谷狛犬の調査はまだ殆ど手つかずで、管見にのぼっていたのは、本像を加えても6対及一躯にすぎませんでしたが、その中には、文禄3年(1594)銘を持つ紀年銘遺品二対も含まれていました。比較すると、本像はそれらよりも明らかに古い様式を示しており、もし完形であれば、どれほど見事なものであったかと想像されたのです。会期が迫っていたため展示には至りませんでしたが、『動物の造形』展図録に現状写真を掲載し、制作年代の古さについて紹介したのはそのためです。完形品だけでなく、損傷の大きな作品でも正当な評価をすべきだろうとの思いからでした。以来、十有余年を経て、調査の進展により県下の笏谷石製狛犬の数は20対を超えるに至っています。しかるに、最古の石造狛犬の座は、やはり小谷神社像が固守しているのです。それは、小谷の地が特別な場所であったことに他ならないからでしょう。
 さて、それでは本像をよく観察してみましょう。本体・台座共一石から彫成される笏谷石製通有の作品で、吽形に一角が無く、獅子一対像としての造像になります。上記の通り二躯ともに欠損個所が多く、阿形は両前肢と台座前半部、上顎を中心とする面部の一部を失い、吽形は四肢と台座をすべて欠失します。二躯のうち、阿形は辛うじて自立するので、法量を計測すると、像高が46・5糎、台座を含む総高は50・8糎であることが分かります。吽形もまた、概ね同じ法量だったのでしょう。県内に遺存する笏谷狛犬としては、比較的大型の部類になります。
 頭部の形状では、たてがみが阿吽共に先端を巻く断面ほぼ円(半円)形となる毛束で、阿形は一段12本(左巻・右巻各6本)、吽形は同じく15本(左巻8本、右巻7本)を数えます。また、比較的小振りのあごひげを彫出しますが、磨滅によってその本数は不明です。歯に関しても、阿吽共に歯列の存在は認められ、ことに吽形では面部左側に七本を確認できるものの、磨滅が著しく総数は明らかにできません。耳はともに垂れる形。体躯では、両前肢の付け根の旋毛を二本ずつ彫出、尾は中央が大きい三条の毛束で先端を蜷局状に巻いています。なお吽形は股間に陽物を彫出しますが、阿形は稍膨らみがあるものの吽形のように男根状にはならず、阿吽で雌雄の別を現わしているものと解されます。 (中編へ続く)     (山 下 立)

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