調査員のおすすめの逸品 №272 『能仁寺遺跡の香炉』

能仁寺遺跡の香炉

写真1:能仁寺遺跡の香炉


 能仁寺遺跡は米原市清滝に所在する中世の寺院跡。この遺跡を理解するには、隣接の徳源院(清瀧寺)を知っておかなくてはなりません。
 清瀧寺は京極氏の菩提寺です。京極氏は近江源氏佐々木氏の庶流で、江南を支配した近江守護六角氏に対して江北を支配した有力武家。その歴代当主の墓碑(宝篋印塔)が清瀧寺境内に並んでいます。しかしこの墓所は江戸時代に墓碑を集めて整備したものです。もとはそれぞれに菩提寺があったらしく、初代氏信には清瀧寺、宗綱には西念寺、高氏(道誉)には勝楽寺といったぐあいです。徳源院の寺名となっている清瀧寺をはじめ、ほかにも清滝の小字に寺名だけを残している菩提寺があって、これらは清滝に存在していたことをうかがうことができます。
能仁寺遺跡 香炉出土状況

写真2:能仁寺遺跡 香炉出土状況

徳源院に南隣する谷が「ノネジダニ」と呼ばれているのもその一つで、第7代高詮(たかのり)の菩提寺「能仁寺(のうにんじ)」の跡と考えられてきました〔のうにんじ≒ノネジ〕。
 はたして平成22年の発掘調査の結果、みごとな中世寺院の遺跡が発見されました。残念ながら本堂など堂舎の礎石はほとんど残っていませんでしたが、参道・山門・本堂基壇や、諸堂の敷地を区画した石組み溝などを確認することができました。そのようすはまたの機会にゆずって、ここでは本堂基壇出土の香炉を紹介することにします。
 この香炉(写真1)は薄緑色の透明な灰釉を施した瀬戸焼です。手のひらにのるくらいの大きさで、丈がごく低い扁平な形。頸が少しくびれて、口縁は少し外へ反っています。底にはこぶのような小さな脚が三方についています。中国製青磁の香炉に由来するありふれた形態の品物で、欠けや割れがないことは貴重ですが、とくに秀麗な作品というわけではありません。興味深いのはこれが出土したときの状況です。(写真2)
能仁寺遺跡 本堂全景

写真3:能仁寺遺跡 本堂全景


 本堂基壇の左奥、長径5m、深さ10㎝ほどの大きな浅いくぼみの底にコウヤマキの長い板を2枚並べ、その手前にこの香炉を据えていました。これら整然と並んでいるようすは、香炉で線香などを焚いて仏式の儀式をとりおこない、すぐにそのまま埋めてしまったように思われます。
 基壇に残るわずか2基の礎石と基壇の大きさから、本堂の奥行きは3間か4間と考えられます。3間とすれば板と香炉は本堂の外、4間とすればくぼみの半分は本堂の中ということになります。また、板の下にも浅い穴があって、そこからは指先ほどの小さな白い石がいくつも見つかりました。儀式に使ったものだったかもしれません。(写真3)
 このように状況証拠はよく残っていたのですが、仏教儀式の作法に関する膨大な記録のどこに糸口を求めたらよいのやら、それすらつかめませんでした。見識不足を恥じつつ、悔いが残ります。
                        (伊庭 功)
≪参考文献≫
滋賀県教育委員会, 滋賀県文化財保護協会 2012『清滝寺遺跡・能仁寺遺跡』

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