調査員のおすすめの逸品 №271 何に使ったの?-彦根市六反田遺跡出土三彩小壺

六反田遺跡出土     三彩小壺蓋

六反田遺跡出土
三彩小壺蓋

 三彩と言えば、有名なものはやはり「唐三彩」でしょうか。黄色・緑色・白色・茶色・赤色から3色を組み合わせて釉薬として使い、水瓶や盤、人物、動物などの意匠がみられます。私のイメージでは、唐三彩と言えばラクダでしょうか。
 ここで取り上げる三彩は「唐三彩」ではなく、「奈良三彩」です。奈良三彩は字のとおり国産の施釉陶器です。唐三彩でもっとも古い例が7世紀後半代ですから、その影響を受けて成立した奈良三彩は8世紀初めには作られていたと考えられています。奈良三彩は緑色、黄色、白色の釉薬を使い、器形としては壺類(短頸壺、唾壺、壺)、瓶類(水瓶、浄瓶、広口瓶、長頸瓶)、鉢類(仏鉢、平鉢)、香炉、火舎、枕等があります。そしてそれらが出土している遺跡は、官衙、寺院、墳墓、祭祀遺跡等が大多数を占めています。
 さて滋賀県の状況はどうかというと、三彩が出土している遺跡は十ヶ所に満たず、出土している器種も香炉や火舎、仏鉢などの仏教的な様相が濃く、寺院関連遺跡が目立ちます。
 それでは今回の主役、彦根市六反田遺跡出土の小壺の蓋はどのように位置づけられるでしょうか。出土品は緑・黄・白の釉薬を施釉しており、河川跡から出土しています。時期は一緒に出土している土器から8世紀後半から8世紀末と考えられます。六反田遺跡は、遺跡の立地、出土している遺物等から郡(坂田郡か?)の関与が想定される物流ターミナル的な機能を持った集落と考えられています。つまり、三彩が出土する県内の他の遺跡で目立つ寺院関連遺跡ではないということです。寺院関連遺跡でみられる瓦や仏具関連の遺物は、出土していません。
 そのように考えると、六反田遺跡でこの三彩の小壺はどのような用途をもっていたのでしょうか。そのヒントは、①小壺であるということ、②出土した遺構です。まず、①三彩の小壺ですが、典型的な出土例としては、近年、世界遺産に登録された福岡県の沖ノ島や岡山県の大飛島遺跡です。沖ノ島では三彩の小壺3個体・二彩の小壺が9個体、大飛島遺跡では三彩の小壺が13個体とともに多数出土しており、日常使用ではなく航海の安全を祈願した祭祀具と理解されています。そして②の出土した遺構については河川跡ですが、この河川跡からは大量の土器類と一緒に人形代などの当時の祭祀で使用する道具が出土しています。つまり、①②から、この三彩小壺は河川でおこなわれたお祀りで使われたと考えるのが妥当だと思います。ただし、三彩の出土例は非常に少ないことから希少性が高かったことが推測できるので、もしかしたら六反田遺跡で働いていた人が宝物として持っていたものを落としてしまった可能性も否定できませんが、あまり積極的に採用する説となりえないと考えます。
 このように小さな壺の蓋からでも、他の遺跡との比較を通じて当時のひとの行動を推察することができます。六反田遺跡出土の三彩小壺は、かみにささげた希少な逸品といえます。(堀 真人)

≪参考文献≫
五島美術館1998『日本の三彩と緑釉-天平に咲いた華』
ニューサイエンス社2001『地方官衙出土の三彩・緑釉』№475
滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会2013『六反田遺跡Ⅰ』

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