調査員のおすすめの逸品 №260 樹種同定のプレパラート -木製品の貴重な情報を生み出す逸品-

 遺跡を発掘調査すると、土器・石器・木製品・金属製品など様々な素材でできた遺物が出土します。そのうちのひとつである木製品は、縄文時代より人々が樹木を有効に利用して作り出したものです。木材は現在でも私たちの生活のなかで利用率の高い素材ですが、入手しやすく加工が比較的容易な素材として様々なものに利用されていました。遺跡からは竪穴住居や掘立柱建物といった建物の柱や壁・床などの建築部材、耕作に使用される鋤や鍬・脱穀に使用される竪杵や臼などの農具、鉢や皿などの容器、弓や盾などの武器・武具、服飾具の下駄や櫛、楽器の琴、祭祀に使用する形代などの木製品が出土しています。恵まれた環境によって腐食せずに残った木製品は、当時の生活様式を知るうえで貴重な出土遺物といえます。

写真①:樹種同定のプレパラート

写真①:樹種同定のプレパラート


 木製品の調査では、樹種を特定する科学的な分析を専門的な知識を持った分析機関に依頼して行います。カミソリを使って薄く組織を採取し、写真(①)のようなプレパラートを作成します。顕微鏡を使って木材組織を観察し、その特徴から樹種を特定します。
 木製品に使用される樹種は、地域の植生に影響を受けています。宮殿や寺院などの建築材のように遠隔地から運ばれる事例もありますが、集落の周辺に生育する樹木が主に使用されています。滋賀県内の遺跡では、様々な木製品でスギが利用されている割合が高く、入手しやすい環境であったとみられます。
 木製品には使用の目的に適した特定の樹種が選ばれているものがあります。その例となるのが、弥生時代から古墳時代の農耕具である鋤や鍬です。鋤や鍬には木材の中でも重くて硬いアカガシ亜属(アカガシやイチイガシなど)と分類される樹種が主に利用されています。強い力を加えて地面を掘削する道具であるため、耐久性に優れ重さによって力が加わりやすい樹種が選択されています。
写真②:顕微鏡写真(スギ)

写真②:顕微鏡写真(スギ)

当時の人々が樹木の特徴を理解して利用していたことがうかがえます。
 時代によって、使用される樹種に変化が見られるものもあります。高島市に所在する上御殿遺跡では、古墳時代から平安時代にかけての祭祀具である形代が数多く出土しています。このうち、古墳時代の刀形代はスギ(写真②)が主に使用されています。一方で、奈良時代から平安時代の人形代や馬形代はヒノキの使用される割合が高くなっています。奈良時代から平安時代になると、宮殿や役所、寺院など建物のほか、容器や祭祀具などにヒノキが利用される割合が高くなります。この遺跡から出土した祭祀具にも、その傾向を認めることができます。
 樹種を特定することは、木製品の調査以外に保存処理を行う上でも重要な情報になります。出土した木製品は樹木の成分が抜け落ちており、水を含むことで形を保っています。乾燥すると大きく変形したりひび割れが生じたりするため、適切な方法で保存処理を行う必要があります。PEG含浸法はその方法のひとつで、合成樹脂であるPEG(ポリエチレングリコール)を水の代わりに含浸させ形を保つようにするものです。この方法によって多くの樹種では保存処理が可能ですが、アカガシやクスノキ、クリなどの特定の樹種では変形が生じる場合があるため、別の方法を選択するなどの対応が必要になることがあります。樹種の情報によって、適切な保存処理の方法を選択することができるのです。
 このように、木製品の樹種を特定することは、当時の人々が持っていた生活の知恵や樹種の選択性を知る資料になります。また、適切な保存処理の方法を判断する手がかりでもあります。樹種同定を行うために作られたプレパラートは、木製品の調査をするうえで貴重な情報を生み出す逸品です。        (中村智孝)
                                                     
参考文献
伊東隆夫・山田昌久編(2012)『木の考古学 出土木製品用材データベース』海青社
中原計(2018)「樹種の特性・分布と利用」『モノと技術の古代史 木器編』吉川弘文館

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