調査員おすすめの逸品第154回 古代の辞書―『和名類聚抄』

安土城考古博物館蔵『倭名類聚抄』

『和名類聚抄』巻七「近江国の郡・郷名」の部分(安土考古博物館蔵)


 安土城考古博物館の館蔵資料の中には、古代や中世の展示にしばしば登場する近世の版本があります。今回は、その中のひとつ、『和名類聚抄』(わみょうるいじゅうしょう)をご紹介したいと思います。展示の中では、主役を支える脇役として登場することが多いのですが、辞書としてのその存在は古代から近世にかけての主役の座を担い続けてきました。
 『和名類聚抄』とは、平安時代中期―承平年間(931~938)に、源順(みなみと の したごう)によって編纂された辞書です。醍醐天皇皇女の勤子内親王(いそこないしんのう)の求めに応じて,源順が作ったとされています。
 この辞書の体裁は、漢語の名詞を部類に分けた後、万葉仮名で「ことば」に対応する和名の読み(和訓)を記すとともに、さまざまな漢籍を引用しながら、その「ことば」に説明を加える、というものです。例えば「雲雀」は、次のように記されます(〈 〉でくくった部分は二行書きです)。

 雲雀 崔禹錫食経云雲雀似雀而大〈和名比波里〉楊氏漢語抄云鶬鶊〈倉庚二音和名上同〉

 雲雀について、まず『崔禹錫食経』という書籍を引用して、「雲雀は雀に似ているが(雀よりは)大きい。」と記します。次に、和名の読みとして「比波里」、つまり「ひばり」という和訓を示します。さらに『楊氏漢語抄』という書籍を引いて、同じ鳥を指し示す漢語として「鶬鶊」(そうこう)をあげています。
 このように『和名類聚抄』が編纂された10世紀前半の和名の読み(和訓)などを知る(確認する)ことができる辞書なのです。また、引用された漢籍や和書の中には、今では失われてしまった文献も含まれていますので、散逸した書籍(逸書)を研究するうえでも貴重な手がかりとなっています。
 さらに、この辞書には「国郡部」という項目もあり、古代の国名・郡名・郷名(9世紀ごろのものとされる)も掲載されていて、歴史地理学や古代史において当時の地名を研究するうえで欠かせない史料にもなっているのです。
 勤子内親王のために作られたという辞書ではあるのですが、他の人々にも活用されていったため、古代・中世と写し継がれていきました。ただし、この時点では限られた人々しか手にすることができない辞書でした。しかし、近世になると、版本が出版されたことで、より多くの人々が目にするようになりました。安土城考古博物館が所蔵する『和名類聚抄』もそうした近世(江戸時代)の版本の一つです。
 館蔵の『和名類聚抄』は20巻分を5冊にまとめたものです。版元については、5冊目末尾に「書林 大坂心斎橋筋順慶町 渋川清右衛門」とあります。江戸時代の元和3年(1617)に、那波道円(なば どうえん)刊の古活字版が登場しました。その後、それに基づいて、返点・送仮名などを印刷した整版本が刊行されていきます。この『和名類聚抄』も「渋川清右衛門」が版権を得て出版した、元和古活字版の附訓整版(ふくんせいはん)本です。
 これからも、展示の折々に登場することになると思います。展示室でお見かけのさいには、立ち止まってじっくりご覧いただければ幸いです。
(大槻暢子)

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