第178回 調査員オススメの逸品 湖底から湯呑?-彦根市多景島遺跡出土湯呑

図 多景島遺跡出土の湯呑

図 多景島遺跡出土の湯呑


 彦根市の湖岸から約5km離れた沖合に、多景島(たけしま)という島があります。島の南側に船着き場を造る目的で、昭和56年度から59年度にかけて発掘調査が行われ、湖底からたくさんの遺物が出土しました。今回は、それらの中から逸品をご紹介しましょう。
 ご紹介したいのは湯呑です(図1)。この湯呑は、今も使用されているような小型の白磁の湯呑です。器の外側に赤い釉薬で「湖」を記号化したマークがプリントされていました。このマークを調べたところ、琵琶湖汽船の社章であることがわかりました。つまり、琵琶湖汽船の観光船で使われていた湯呑であると考えられます。琵琶湖汽船は、竹生島めぐりや琵琶湖一周、南湖観光など琵琶湖の各地に観光船を就航させている会社です。ただし、現在は多景島への就航はありません。
近代の琵琶湖をめぐる水運の歴史を紐解いてみますと、明治15年(1882年)に太湖汽船会社が創立され、明治42年(1909年)には観光船多景丸が竣工し、大々的に多景島へ観光や参拝が行われたようです。昭和4年(1929年)には、湖南汽船とともに太湖汽船会社は京阪電車に吸収され、社名も太湖汽船を経て琵琶湖汽船となりました。その際、社章は現在のものに変更されています。
さて、多景島遺跡の調査地点に桟橋が設置されたのは昭和32年(1957年)のことで、翌年には琵琶湖汽船の多景島航路が就航しています。それ以前の多景島への接岸場所についてはよく分からないのですが、安全に接岸できる現桟橋の近隣であったと考えられます。
以上から推測すると、社章をプリントした湯呑が使われたのは、多景島航路の就航した昭和33年以降の可能性が高いといえるでしょう。この湯呑は、彦根港から多景島への観光客に湯茶が供されたさいに使われたのではないでしょうか。
(三宅 弘)

●参考文献
『彦根市史』下冊(彦根市 1962 1987復刻)
『琵琶湖汽船100年史』(琵琶湖汽船 1987)

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