新近江名所圖会 第298回 焼けた鉄斧をつかむ鉄火裁判の記念碑 ー日野町雲迎寺ー

 鉄火裁判(火起請)をご存じでしょうか。中世から伝わる在地の裁判の一つです。鉄火裁判は争う双方が神前で、熱した鉄片や鉄斧を手に受け、無事につかみ取った者、ヤケドが少なかった者が勝者となる残酷な裁判です。

雲迎寺山門

雲迎寺山門


 中世の裁判には起請文を用いた「参籠起請」「湯起請」「神水」「落書起請」などがあります。参籠起請は罪の裁定をするのに、無実であると起請文に誓約し一定期間神社に参籠します。そのあいだに誓いを破ったと見なされる現象「失(しつ)」がなければ無実であると判断されます。失には9か条あり、参籠中に「本人が鼻血を出した」「病気にかかった」「鳥の糞を落とされた」「衣服をネズミにかまれた」などです。現代人も服のボタンが突然落ちる、通勤途中に駅の構内で鳩の糞を落とされたりすると、縁起の悪い一日となる嫌な予感がするものです。「落書起請」は犯人不明の犯罪が生じた場合に無記名投票で容疑者の名前を投票し、書き記された人物が犯人となります。「神水」は誓いの起請文を書いた紙を焼き、その灰を混ぜた水を神前で飲み体調の変化によって失の有無を決定するものです。中世の百姓一揆では「一味神水」として惣百姓が荘園領主や荘官の過酷な年貢取り立てなどに抵抗するため起請文に誓約し、その起請文を焼いた灰を神社の井戸からくみ上げた神水に入れ、回し飲みして「一味同心」の結束を誓いました。
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宝篋印塔

「湯起請」は起請文を書き、熱湯の中の石を取り出させ、その火傷の具合で判定します。古代に行われた「盟神探湯」(くかたち)と同じ神判の方法です。荘園村落の境界線争いにしばし用いられています。また「鉄火起請」は起請文を書いて自分が真実であることを誓約し、真っ赤に焼いた鉄片を握り、火傷の具合で判定します。
 こうした中世の民衆の中で行われた裁判の系譜を引く記念碑が蒲生郡日野町音羽の雲迎寺に残されています。雲迎寺はさつき寺として知られており、境内はさつきで埋もれています。境内の築山には貞和5年(1349)の年号を記す宝篋印塔もあり、音羽城の山城の麓でもあるこの寺は中世の雰囲気がよく残されています。鉄火記念碑は山門を入ったすぐ右手の土塁の上に設置され、さつきの植え込みに隠れてしまいそうです。石碑は高さ約1.5mで三角形のどっしりとした石碑で、参道に面しています。
 表は「喜助翁 鐡火記念」とあり、裏は「喜助翁が元和五年(1619)旧暦九月十八日に立会山の境争論の採決を馬見岡綿向神社の神前での鉄火裁判で勝利した」旨が刻まれています。この鉄火裁判の記録は江戸時代後期に記された「鉄火裁許の訳書」にあり、日野町史『近江日野の歴史』第3巻に紹介されています。それによると、日野山と呼ばれた旧蒲生町にまたがる里山の入会権は江戸時代初期に東郷九ヵ村に確定しました。しかし、旧来の権利を主張する西郷九ヵ村と入会権の争論がおこり、鉄火裁判で決着を付ける事となりました。東郷の代表は音羽村庄屋喜助で、西郷代表は渡り浪人の角兵衛でした。代表2人は馬見岡綿向神社の神前で熱した鉄斧を無事に手に取れるか否かを競い、東郷の庄屋喜助が勝利しました。
鉄火記念碑

鉄火記念碑

後日談に依れば西郷代表の浪人角兵衛は自分の取る鉄に火傷をしない細工をしたことが事前の検査でバレてしまい、浪人角兵衛が敗北し、角兵衛は町内引き回しのうえ磔になったとのことです。中世以降に山林原野の入会権を巡る境争論はいくつか記録が残されていますが、雲迎寺に残る鉄火記念碑は自らの集落の入会権を断固として守るため、過酷な鉄火裁判にも耐えて勝利した庄屋喜助の勇気を讃えて、それを後生まで伝えるための記念碑です。

◆周辺のおすすめ情報
 雲迎寺の山門を出て裏山の鎌掛峠に向かう県道を登るとすぐ左手に音羽城跡の看板が目に入ります。音羽城は蒲生氏の居城で蒲生氏郷の4代前の蒲生貞秀が応仁の乱頃に築城したとされます。以後、数度の戦でも落城しませんでしたが、大永3年(1523)蒲生秀紀が城主のとき六角定頼に攻められ、破却されました。縄張りは明治以降の土取りなどで壊変されて現在は公園になっていますが、曲輪跡や堀跡、井戸跡、土塁跡などを見ることができます。
 約3㎞の円内に音羽城廃城後の中野城跡、音羽城の枝城とされる鎌掛城跡、音羽城の3城があり、お城好きな方にはお勧めです。

音羽城跡

音羽城跡

◆アクセス
【公共交通機関】
 近江鉄道/本線 「日野駅」 下車 バス 20分 上音羽
 JR琵琶湖線 「近江八幡駅」 下車 バス 60分 上音羽
【自家用車】
 名神高速八日市ICより国道421・307・477号で約25分。
 新名神高速甲賀土山ICより国道1号で約25分。


(濱  修)

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