新近江名所圖会 第189回 ハルカスを遙かに見透かす神の杉―玉体杉

玉体杉

玉体杉

 比叡山籠山修行の一つに「千日回峰行」があります。この行は、7年千日をかけ、比叡山中、京都市中を歩き回る行で、その歩かれる距離は、約30万㎞にも及ぶと言われています。行者様は、700日の回峰の終了後、「堂入り(9日間、寝ない、横にならない、飲まない、食わないで、不動明王の真言を10万回唱えると言う行)」をクリヤし、回峰終了後「10万本大護摩供(100日間の五穀、塩断ちの生活を経た後、8日間、寝ない、横にならない、飲まない、食わないの状態で、10万本の護摩木を焚き続けるという行)」をクリヤすると、大阿闍梨と尊称される、生きた不動明王に生まれ変わります。そして、筆者のようなどうしようもない人間をも救ってくださるパワーを身につけられるのです。行者様は、生きた神様になるために、生死を懸けた過酷な修行をされるわけです。
 行者様は、ただ歩くだけではありません。神社仏閣はもとより、巨巌、巨樹、湧水等の自然物、言い換えれば自然の神が宿る聖地にも祈りを捧げながら歩きます。礼拝ポイントは300カ所余りにものぼるといいます。
玉体杉

玉体杉

 比叡山中の、大まかな回峰行のコースは以下の通りです。延暦寺無動寺谷をスタートとし、東塔の諸堂を礼拝し、最澄が眠る浄土院を経て、西塔諸堂を通り、峰道を歩き、横川に向かいます。横川では元三大師廟、四季講堂などの諸堂を巡り、恵心僧都廟を経、三石岳を経て日吉大社に降ります。そして、滋賀院の前を通り、無道寺坂を駆け上り、無道寺に帰ります。筆者も一度歩き通しましたが、もう体はガタガタでした。行者様は、この道を毎日歩く、しかも、6時間ほどで歩くと言いますから、通常の感覚では考えられない、気力と体力の持ち主といえるでしょう。
 早朝の坂本で待ち受けると、風のように歩く行者様にお出合いする事があります。じっと跪き、数珠で御加持をしていただくと、何とも言えないパワーを頂いた気持ちになります。
 さて、この回峰行のコースの中で、最も有名なポイントは、峰道の玉体杉ではないでしょうか。回峰中、行者様が、唯一腰をおろすことが許されるポイントが、この玉体杉です。行者様はここで休息するわけではありません。ここから西を見おろすと眼下に京都の街を見おろすことが出来ます。行者様は、ここから京都御所に向かい、天皇(玉体)の安寧と、国家の安寧をもたらすための加持を行うのです。そして、ここには、この加持の名前を冠した「玉体杉」と呼ばれる杉の巨木が聳えています。比叡山中の杉の巨木は、太く、天高く聳える木が多いのですが、この玉体杉は、尾根上に生え、強い風をまともに受けているためか、幹は曲がり、ずんぐりとした、いかにも神様が宿りそうな力強い姿をしています。
玉体杉から大阪

玉体杉から大阪

 先日、玉体杉を拝みにゆきました。そして行者様になったつもりで、京都の街を見おろしますと、加茂川、高野川、下鴨神社の森がくっきりと見えます。もちろん京都御所の森も。ほーと思いながら、眼をさらに遠くに向けると、何と、淀川とおぼしき川が見えます。その川を眼で追いかけると、遠くにビル街が見えます。何と、大阪梅田のビル街が見えるのです。であるならばと、少し目線を南にずらすと、妙に背の高いビルが見えます。そう、あの阿倍野ハルカスも見えるのです。とするならば、ハルカスから比叡山が見えると言うことです。
さすが、比叡山。滋賀、京都のみならず、大阪府民をも見まもる神の山です。一度大阪見物にチャレンジしてみてください。

(大沼芳幸)

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