(高島市高島町鵜川)

本堂跡の礎石

直線道路沿いの石垣
創建は、嘉祥2年(849)に長法寺の鎮護の神として坂本(現在の大津市坂本)から山王権現を勧請して創建されたと伝わります。確実な史料としては、弘安3年(1280)の裏書をもつ荘園絵図である『近江国比良荘絵図』に、滋賀郡と高島郡の郡境に一堂が描かれていることや、永享4年(1432)に延暦寺の円明坊兼宗という人物が長法寺の方丈職を務めていたことが挙げられます。そして、文明3年(1471)の寺坊の売券に「長法寺大品坊」とあるのを最後に消息は不明となります。以上のように、長法寺については、絵画史料や文献史料からは断片的な情報しかわかっていません。
おすすめポイント

寺坊の石垣

庭園跡の池と中島

中世墓に残る石仏
周辺のおすすめ情報
長法寺跡のある谷筋を尾根まで登って尾根上を進むと、「下の鼻打」と呼ばれる峠や「馬の足形」と呼ばれる巨石があります。さらに進むと打下城への三叉路にたどりつきます。打下城は永禄年間(1558~1570)に土豪の林員清が築城したと伝えられ、織田信長による高島攻めに使用された山城です。現地には土塁で囲まれた曲輪や畝状空堀などの遺構が残っています。
長法寺跡へは、まず近江高島駅の南にある乙女ヶ池から西方に見える堰堤に向かいます。堰堤の手前に万葉の歌碑があるので、そこを麓沿いに少し進むと登山道があります(案内板あり)。少し長い山道が続きますが、所々に案内板が設置されています。見学コースは、乙女ヶ池(大溝城もついでにどうぞ)→長法寺跡→「馬の足形」→打下城→山麓の日吉神社がおすすめです(所要時間約6時間)。
アクセス
さほど山奥というわけではないものの、長法寺跡へは山道を約1時間30分程度歩かなければなりませんので、山歩きの装備と地形図などで下調べをしてから訪ねられることをおすすめします。
【公共交通】JR湖西線近江高島駅から登山道まで徒歩約10分
より大きな地図で 新近江名所図絵 第151回~ を表示
(小林裕季)